新連載*仏教について現代風に対談形式でわかり易く説きます。
第1回は、大日如来・法身,報身,応身仏・お釈迦様・お大師様(弘法大師)について

    仏 教 談 義
   --浮世根問 ねんだくり其の1--
はじめに今月号から新しく大型新連載「佛教談義(ぶっきょうだんぎ)」を
 開始します。皆さまに仏教を身近に感じて頂き、日常生活に生か
 して、前向きに充実して生きて頂くために、特集いたします。
 「隣のご隠居」と「隣の寅さん(寅年生まれ)」の対話のかたちで、
 難解と思われている仏教をなるべく解り易く、ゆっくりと進めて
 行きたいと念願します。
  若々しい隣りのご隠居、好青年の隣りの寅雄さん

根問(ねどい)は木の根元まで掘り下げて問いただすで、「どこ
 までも問うこと」をいいます。「根問い葉問い」「根掘り葉掘り
 問う」とも言い、どこまでも問いただすことの意味に使います。


− 仏教談義 序 −

 信心(しんじん)はたいへんに結構だけれども、十住心論(じゅう
じゅうしんろん)など、佛教(ぶっきょう)に関することになると、
そのつど、出てくる用語や説明が、どうにもむつかしくて、とても
ついてゆけない----と、お思いの方がずいぶん、いらっしゃるので
はないでしょうか。

 そういった不便をお感じの皆さまのために、佛教というものを、
もっと身近に、もっと深くご理解いただく基礎知識として、今回か
ら仏教全般にわたり、体裁をあらためて、これから勉強をしてまい
りたいと存じます。
 これによって、難解な仏教のことを、できるだけ、すらすら読み
解く手掛かりの一助となればさいわいです。


  −仏教談義 其の一隣の寅さん「今日は、ご隠居さん。いよいよ残り少なですが、今年
      もいろいろお世話になりました。」
隣のご隠居「いや、こちらこそ。お宅も正月の準備はできたかな。」

寅さん「おかげさまで、すっかり。あとは紅白歌合戦を見て、除夜
    の鐘を聴いて寝るだけです。」
ご隠居「それはけっこう。元日は私もどこかで御来光(ごらいこう)
    を拝み、初詣(はつもうで)をしてこよう。」

寅さん「ところでご隠居。前から聞こう聞こうと思っていたんです
が、大日如来(だいにちにょらい)という佛(ほとけ)様ね、あの佛は
一体どういったお方で、どこに住んでおいでになるんです?」

ご隠居「大日如来は本名を、梵語(ぼんご)で毘盧遮那(ビルシャナ)
という。それが昔中国に渡って遍一切処(へんいっさいしょ)、また
遍照(へんじょう)如来と漢訳され、やがて日本に渡来して大日如来
となられたのだ。
 この佛様はお名前のとおり、お日さまが万物をすみずみまで照ら
すように、太陽の光が届く宇宙の涯(はて)まで尽十方(じんじっぽ
う)世界がことごとく大日如来の浄土なのだ。
 だから、あんたがいうように、大日如来は、どこそこに住んでお
いでになるというわけのものではない。強いて、大日如来のいらっ
しゃる所というと、自性法界宮(じしょうほっかいぐう)ということ
になるだろう。」

寅さん「何ですか、その尽十方世界とか、自性法界宮というのは?」
ご隠居尽十方世界とは、四方と四すみと上下のあらゆる方向、つ
まり全宇宙の意味だ。その尽十方世界を大日如来は宮殿にして、そ
れを自性法界宮という。言葉をかえて言えば、この太陽系の宇宙そ
のものが大日如来の佛体だな。」

寅さん「へえ、大日如来はずいぶん大きな佛様なんですね。」

ご隠居「とてつもなく大きい。けれど一方においては、また小さく
てもいらっしゃる。
 この大自然のなかで繰り広げられている営みのすべてが大日如来
の佛心(ぶっしん)であり、はたらきでもあるから、地球上の生きと
し生ける一切衆生(しゅじょう)、どんなにちっぽけな生きものの魂
(たましい)にも、それぞれ大日如来がきっちり住んでおいでになっ
ているからだ。」

寅さん「ご隠居の話を聞いているとお釈迦様より、大日如来のほう
がずっと偉いように思えるんですが、その点はどうなんです?」

ご隠居「仏様をそのように優劣によって較べてはよくない。たしか
に佛様は、それぞれの個性や特性によって分類されている。
 つまり法身(ほっしん)と報身(ほうじん)と応身(おうじん)の仏様
だ。しかしその法・報・応の三身佛は、本来別々のものではない。
三身(さんじん)は結局のところ即一身であり、一身は即三身といっ
て決してまちがいではない。そのよい例がお釈迦様だ。」

寅さん「待ってください…。その法身とか報身、応身というのは、
いったい何のことです?」

ご隠居法身といわれる仏は理体(りたい)であって----どう説明す
れば分かってもらえるかな。
 法身は教えの根本思想をかたちづくる本体、すなわち理想の佛の
ようなもので、便宜上、真理を人格化した大日如来に代表されるも
のと言おうかな。

 そして、報身は、その教えにもとづいて、この地球上のあらゆる
動植物に慈悲をたれてくださる佛様のことだ。
 たとえば西方(さいほう)浄土に住んで人々を救い、これを念じ、
その名を唱えれば死後ただちに極楽浄土に生まれるという阿弥陀如
来や、人々の病気を救うという薬師如来などが報身佛の代表格だ。

 法・報身の関係を、コンピュータを例に解説すると、法身はさし
ずめパソコン本体のハードウェアで、報身はそのハードを応用する
ソフトウェアといったところかな。

 応身は、機に応じ、時や所にしたがって法を説き、人々を救うた
めに現れる佛のお姿で、これはまぎれもなくお釈迦様その人である。
その応身であるお釈迦様が、いま言った法身と報身の二身を、その
お身体のなかにちゃんと具えていらっしゃる。だからこそ釈尊のこ
とを釈迦牟尼佛(しゃかむにぶつ)----釈迦族の聖者とあがめられて
いる、というわけなのだよ。」

寅さん「すると法身の大日如来もお釈迦様の中に同居しているんで?」
ご隠居「ああ。すべての佛も菩薩(ぼさつ)もお釈迦様の分身と考え
てよいな。」

寅さん「じゃあ、やっぱり、お釈迦様が一番偉いんじゃないですか。」
ご隠居「いいか、よく考えてごらんよ。真言宗は大日如来、浄土真
宗は阿弥陀如来というふうに、それぞれ宗旨によって佛様を仰いで
いるが、それらはいずれも釈尊以後の佛法という事実を忘れてはい
けない。佛教はお釈迦様あっての佛教ということなんだよ。」

寅さん「あ、そうか。佛教はお釈迦様が始めたんでしたね。」
ご隠居「だから”宗論はだれが負けても釈迦の恥”なのだ。釈尊以
前には、私たちの知っている佛菩薩は、一人としていらっしゃらな
かったし、人々もそれでちっとも不便を感じていなかったんだな。」
寅さん「するとそれ以前の人たちは何を信仰し、何を心のよりどこ
ろに暮らしていたんでしょう?」

ご隠居「日本にかぎって言えば、縄文・弥生時代から古墳時代にか
けて、人々は神神の前にひれ伏していたんだよ。当時の人たちは、
自然とか自然現象に、神の姿を見、霊魂の存在を信じていたんだ。
山や川、大木や岩や動物に、精霊(せいれい)が宿っていると考えて、
それらを一心に信仰する原始宗教の時代だったんだな。」

寅さん「なるほど、ご隠居は物知りだ。その物知りついでに、真言
宗の成り立ちを、かいつまんで教えてやってはくれませんかね。」
ご隠居「いいとも。正月のお年玉代わりに聞かせてあげよう。あん
た、真言宗のお祖師(そし)さまは誰か、ぐらいは知っているだろうな?」

寅さんお大師さま(弘法大師)でしょう?」
ご隠居「そのお大師さまがまだ若かった時分のことだ。お大師さまは
十八歳で大学に入り、儒学など漢籍を勉強したが、一年経つか経たず
で大学をやめてしまわれた。」
寅さん「学問が嫌になったんで?」
ご隠居「そうではない。学問を修めて世間的な出世を求めるより、
もっと深い、もっと高遠な精神性、つまり佛道(ぶつどう)を希求す
るようになったんだよ。
 都を後に、若きお大師さまは、ひとり山野を跋渉(ばっしょう)し
て修行に励んだな。」

寅さん「どんな修行をされたんでしょうね?」
ご隠居「詳しいことは分からないが、われわれの実感では、単独の
南極越冬か、チョモランマ登山ぐらいの過酷さだろうか。」

寅さん「それは凄い。そんなのを何年やったんです?」
ご隠居「見るからに逞しくなって旅から帰り、大阪和泉(いずみ)の
槙尾山寺(まきおさんじ)に勤操(ごんぞう)僧都(そうず)を訪ねたの
が二十歳だったそうだから、ほぼ二年間、野山に臥(ふ)した計算に
なる。
 そして二十二歳のとき、東大寺の戒壇院(かいだんいん)で具足戒
(ぐそくかい)を受け、正式に(国家公認の僧)になったわけだ。そ
のときの授戒(じゅかい)の師がやはり勤操さんで、空海の法諱(ほう
い)はこのときの命名といわれている。」

寅さん「空海には、どんな意味が秘められているんでしょうか。」
ご隠居「大に漂う雲だな。」

寅さん「で、そのあとお大師さまはどうしました?」
ご隠居「お大師さまのことだからそれまでに、すごい勢いで勉強さ
れていた。仏教のあらゆる経典を読みつくしたが、しかし何かもう
ひとつ物足りない。そこでお大師さまは東大寺の大佛殿にぬかづい
て、一心に祈念(きねん)した。

”吾れ佛法(ぶっぽう)に従って常に要を求尋(くじん)するに、三乗
五乗十二部経、心神に疑あって未だ决をなさず、唯だ願くは三世十
方の諸佛、我に不二(ふに)を示したまへ”----つまり自分の信ずる
にたる経法を教えてください、と大佛に祈ったわけだ。

 仰ぎ見る大仏の慈眼(じげん)と、二十二歳のお大師さまの視線が
ぴたりと合わさった光景が浮かんでくるだろう。このとき、お大師
さまは声なき声をはっきりと聞いた。
’ここに経あり、その名を大毘盧遮那経という。乃が要むる所なり’
大仏様は毘盧遮那----大日如来だ。

 その大日如来が眼前にいらっしゃるのに、「大日経」がないのは
おかしい。誰も知らず、どこかにそのお経があるのではないか、と
いうのがお大師さまの考えであった。そのことを勤操師をはじめ、
いろんな長老方に尋ねてみたが、誰も知らない。

 そんなある日、お大師さまは大和の久米寺(くめでら)を訪ねた。
すると、そこの寺僧が、なにやら天竺(てんじく−インド)から伝来
したお経があるという。そして東塔へ案内してくれ、床下から古ぼ
けた箱を持ち出した。お大師さまはしばらく息をひそめ、紐をとい
てじっと見入った。経巻の標題には「大毘盧遮那経(だいびるしゃな
きょう)」とあったのだ。お大師さまの感激はどんなであっただろう。

’御遺告(ごゆいごう)’には、”一部緘(かん)を解いて覧(み)るに、
衆情(しゅじょう)滞(とどこお)りあれども憚問(たんもん)する所な
り。更に発心(ほっしん)を作(な)して、去る延暦(えんりゃく)二十
三年五月十二日を以て入唐(にっとう)す。初めて学習せんが為なり”
と記されている。

 久米寺で念願のお経をようやく探し当てたものの、それを読んで
みると、書いてある内容があまりにも難解で、いろいろ意味不明な
箇所が多かった。
 当時の高僧知識に疑問をぶつけても明快な答えが返ってこない。
お大師さまは、そこでとうとう唐に渡る決心をされたのだな。
 いずれにしても、お大師さまと「大日経」の出会いが、入唐求法
(にっとうぐほう)の動機となり、それが日本における真言宗の始ま
りとなったことはゆるぎない事実なのだ。
 これはたいへん重要で意義のあることだから、あんたもよく憶え
ておくとよい。」

寅さん「なるほど。話は聞いてみるもんですね。ところで”大日経”
の見つかった久米寺というのは、女性の白い肢(あし)を見て墜落し
た、あの久米の仙人(せんにん)が建てたというお寺のことですよね?
ご隠居「すぐそれだ。まだ若いから無理もないが、あんたも煩悩が
多いお人だ。正月はきれいに着飾った女性が街にいっぱいだから、
久米の仙人のように見惚(みと)れて、車なんかに轢(ひ)かれないよ
う、せいぜい注意することだな。」


「日本霊異記(にほんりょういき)」より    役行者(えんのぎょうじゃ)が仙人となって空を飛ぶ話  役小角(えんのおづの)は大和の葛木(かつらぎ)の人である。 小角は生まれながらに聡明で、三宝(ざんぼう)を厚く敬っていた。 いつも心に願うことは、五色(ごしき)の雲に乗って涯(はて)しない 大空を飛び、仙人の住む花園で、霞を食って楽しく気ままに暮らす ことであった。  だから小角は自分の年齢などにかまわず、今もって木の皮の衣を 着て、洞窟に住み、木の実を食べ、谷川の清水で欲界(よくかい)の 垢を濯(すす)ぎ、密教の孔雀王咒法(じゅほう)を修行し、不思議な 仙術(せんじゅつ)を身につけることができたのである。  小角は鬼神(きじん)を追いつかい、なんでも自由に手に入れた。 さらに小角は、鬼神をせきたてて、「金峰山(きんぶせん)と葛城山 (かつらぎさん)のあいだに橋を架けわたせ」という注文をだした。  この無理難題に眉をひそめた神神は、どうしたものかと困りはて ていた。  すると、葛城山の神が、「役小角は、天皇に対して謀叛(むほん) のはかりごとをしていますぞ」と、時の朝廷に訴えたのである。役 人がただちに小角の捕縛に向かう。  仙術を身につけた彼のことだから、逃げることはなんでもないが、 母が捕らえられた。仕方なく小角も出頭せざるをえない。こうして 彼は伊豆大島に流されたのである。  だが、小角にとって島流しなど痛くも痒くもなかった。海の上を 陸上のように駆け走り、空を鳳(おおとり)のように飛ぶことができ るからだ。  昼は皇命をはばかって、おとなしく島に居るが、夜になると駿河 の富士山に登って修行に励む毎日だった。そんな役行者の流罪生活 が三年間つづいて、やっと朝廷から復帰を許されることとなった。  そして小角は、仙人となって、いずくともなく空高く飛び去って 行ったのである。  話かわって、朝廷に仕える僧道照という人がいた。道照は勅命を うけて、法を求めて大唐に渡った。  道照は唐から日本への帰路、新羅に立ち寄り、その国の修行僧た ちの要請をうけて、山中で法華経を講じていた。と、その時である。 聴衆の中から声があった。それも日本語でだ。道照が問う。「だれ か?」「役行者」と聞こえた。  道照は、これはてっきり我が国の聖人にちがいないと思い、講座 より下りてその声の主を探したが、すでにそこには人影はなかった。 役行者はその仙術で新羅に飛来していたのだ。  佛法を信仰し、修行に耐えた人の咒術(じゅじゅつ)の威力ははか りしれないものがある。

[第二話]

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