如 是 我 聞 
          文責 能島慶華 (観自在97.6月号/1&2)

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  どうして熱心に礼拝を続けることが・・・
   大般若(だいはんにゃ)転読百座記念法要に思うこと
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 私は自分で言うのもおこがましい話ですが、職員である前に熱心な信徒 です。法主さんに熱心に祈願して頂き、救済されて観音院に居させてもら い、御佛様に守護されて今日があります。女性として世間に執着は有りま せん。最近では、法主さまや住職さまに一生懸命について行き、世の中の ために働き、皆さまのお役に立ち、御佛(みほとけ)様にお仕え出来るこ とを無上の喜びと存じています。あっと言う間の、大般若転読百座法要を 迎えるにあたり、心から御礼申し上げます。   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−    十年は一日の如く過ぎる観音院         充実した素晴らしい毎日でした   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◆受け取り方は色々だと思いますが、観音院は素晴らしい寺です。  法主さまが慈悲を求め、その慈悲を世間に分かつよう努力されているこ とが痛感させられます。  そのお手伝いをさせて頂く立場ですが、至らぬことが多く、懺悔(さん げ)しても尽くせぬ思いです。 ◆観音院は良く拝む寺です。私もあちこちの寺などを尋ねて回りました。 悩み事をもっている人は私と同じように、いろいろと尋ねて回られる方が 多いようです。  そして、気に入ったところが出来ると、再三出入りするようになります。 度々出入りすると、良いところも見えますが、同時に嫌な点も目に付くよ うになります。  もちろん、観音院にも誤解されることは内包しています。その多くは、 世間の常識や、自分で作り上げた期待される寺の考え方と照合することか ら起きます。  永く付き合うと、観音院は改善に改善を進め、日々良くなって行くのが 理解出来ます。  観音院の特筆すべきことは内緒事が皆無で透明性が極めて高いことです。 昨年、宗教法人法が改正されましたが、こんなことは、私が観音院にくる ずっと以前に導入済でした。経理と運営をこれほど明確に定めて実行して いる寺は他に無いと言っても過言ではありません。見学に来られる全ての お寺さんが感嘆されます。 ◆一番凄いところは、叩いても埃(ほこり)が出ないことです。 徹底して隅から隅まで公開で、立入り禁止の場所が一切ありません。  そのようなことは、大したことではありません。鍵の掛かった引出しが 一切ありません。  法主さんの世話は職員がしています。これは何だろうかと思うような物 は一切ありません。財布の置いてある場所さえ公開です。  金銭のお世話は一切職員が面倒を見ていますので、財布の中身は法主さ んよりは職員の方が正確に知っています。  のみならず、金庫の番号も730と733で公開、私たちの知らない法 主さんの持ち物とか金銭は一切ありません。  紙の使用量からボールペン一本に至るまで職員の知らないことはありま せん。   −−−−−−−−−−−−−−−−−−      個人情報に関わる管理の徹底         レベルで別に厳重に管理徹底   −−−−−−−−−−−−−−−−−− ◆お寺に秘密は絶対に無いか。あります。それは信徒さんの個人に関わる 情報です。これはオフコンの中にパスワード付きで入れられていて、担当 者以外は絶対に知ることが出来ません。 ◆法主さまも住職さまも、私たちも大切な個人情報は記憶だけです。記録 には一切残しません。 ▼忘れてしまったら、それまでということになります。漏洩しては困るよ うな情報は十分に記憶できます。担当者が死ぬと情報は引き継がれません。 個人の秘密に関わる情報はこのような性質のものが多く、記録は厳禁事項 です。 ▼法主さまは人と面談される時は監事か職員が同席します。従って個人情 報を一人でもっておられることは有り得ません。 ◆観音院のオフコンは、電話回線と結ぶことが厳禁してありますのでハッ カーにやられることも絶対に有り得ません。 ▼パソコンの方は大進歩で普通の電話回線からINS、OCNと変化して います。こちらの方は盗聴も情報漏洩の心配もあるので、慎重に扱うよう 教育されています。   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−      私が来たころも奇跡は日常的         最近まで奇跡を語るなと言われ・・・            それでも起きるものは起きる   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◆奇跡や不思議としか思えないようなことは沢山あります。  私が観音院に来た頃は、御佛(みほとけ)様のご霊験は日常茶飯事でし た。先月号でお話しした「セント・エルモの火」のようなことは、よくあ りました。雷雲の作用で大気中に生ずる強い電場によって起るとされ、船 乗りの守護聖人の現象として説明されることがあります。  法主さまは、合理的に説明できないことは言ってはならない、と厳しく 箝口令(かんこうれい)を敷かれていました。  百年昔の人に現在の生活環境を理想として話しても一笑に付されるだけ でしょう。  電話で文章を送るFAXが普及するまでにも数十年も必要でした。  起きたこと、合理的に解釈出来ないことも、後世の人が普通に理解出来 る日が来るかも知れないから記録しておいても良いと許可が出ました。  法主さまは僧侶が熱心に供養し祈願することによって常識で判断出来な いことが有ると確信されたように思います。  現代の人は百年昔の人なら大笑いするような生活をしながら、百年先の 人が当然だと思えることを否定する傾向があります。 観音院は僧侶の集団として、前代未聞の法要を実行して来ました。  私が観音院に来てからさえ、大般若転読法要が来月で百座になります。 護摩は三万三千座。護摩木は何千万本も焚(た)かれたでしょうか。  このようなことは聞いたことがありません。ですから普通のお寺とは何 かの違いがあっても当然だと思われたようです。  公序良俗に反することは厳しく除外して、例えば罰が当たると言うよう なことは一応除外します。  地獄に堕ちるというようなことも除外して説明します。  ご霊験は観音院には確かにあります。神佛の不思議な感応・利益(りや く)は観音院には確かにあると、私も確信しています。  そのためには、熱心な修法や祈願や供養が必要になります。   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−    法要を維持する努力と、皆さんのご協力があって        岩を掌で揉み砕くような根気の御佛様への奉仕   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ◆怪力乱神を語らずという言葉があります。法主さまは取り分けて「乱」 を嫌悪しておられます。 「怪」は尋常でないこと、「力」は力の強いこと、「乱」は道理にそむい て社会を乱すこと、「神」は神妙不可思議なこと。人知で推しはかれず、 理性では説明できないことです。 ▼ですが、毎日三座も五座も護摩供(ごまく)を修法する、これは尋常な 努力ではありません。雨が降ろうと、風が吹こうと、暴風雨であろうと、 大雪であろうと、私が知る限りでは執行されなかったことは一度もありま せん。  そして、もっとも驚くべきことは参詣者が365日、絶えたことが一度 もありません。 ▼そして、夜間参詣する人のために昨年からは終日、門は閉められなくな りました。 ▼365日24時間門が開いているのです。  月刊「観自在」も7月で205号になります。 ▼テレホン法話(082−290−2601)は毎週吹き込まれて、もう 30年になるとかと聞いています。 ▼困り事・悩み事相談は二十四時間受付でこれも三十年を超えるそうです。 途轍もない努力と根気が注がれています。 ◆このような努力をされた寺院が、かってあったでしょうか。もちろん、 法主さまが過労で倒れられたこともあります。その時は住職さんが既にお られました。法要は支障なく継続されました。   −−−−−−−−−−−−−−−−−−      ストレスが原因と医者の診断           ならば修行すると即座に退院   −−−−−−−−−−−−−−−−−− ◆法主さま、倒れられた時に胃カメラで見られると、火山が爆発するよう に、胃の中に無数の山が出来て血を吹いていたそうです。  お医者さんか「ストレスが原因」だと言われると「修行が足りてない、 では」とそのまま退院。 ▼職員を全部引き連れて、全日空ホテルの雲海という中華料理店に連れて 行かれ、フカ鰭スープを美味しそうに食べられて、「もうストレスは貯め ない、恥ずかしい」と言われていました。  この時は4日も意識が有りませんでした。全身の皮膚が一皮剥けました。 手足の爪に巾1ミリくらいの痕がくっきりと残りました。  以来十数年、風邪を一度も引かれたことがありません。微熱もありませ ん。この時以来、法主さまが瞑想されることがとても多くなりました。 ◆瞑想の内容は出来事や相談、供養や祈願の整理整頓だそうです。  法主さんの心の整頓は生活環境と同じくらい綺麗にされているようです。  悩み事の相談などを、その人に代わって整理して、原因を求めて抽出し て、公序良俗に照合して、十善戒とも照合して対策案を用意しておられま す。 ▼もちろん、ご僧侶ですから、ご自分のことも整理されています。 その結果が、経理や運営の公開、金銭や資産、名誉や地位に執着(しゅう じゃく)しない、贅沢を望まない。遊興は不必要。不用な物は持たない。 無理はしない。怠惰にならない。勤勉であること。御佛(みほとけ)様に 可能な限り誠意をもってお仕えする。観音院にご縁があった人に親切にす ることなどに繋(つな)がったと言われます。 ▼無理をしない、疲労で倒れないようにする、何時用事があるかもしれな いので余裕を常に持たれるようにする。などと、私が知っているだけでも 随分と変化し成長を続けておられると思います。 ▼腹を立てない、なんて僧侶としては当たり前のことですが、もう腹を立 てない方になられました。   −−−−−−−−−−−−−−−−−−      奇跡について検証されている         軽々しくは受け入れられない   −−−−−−−−−−−−−−−−−− ◆法主さんは二十歳前半に和歌山県の高野町の近所で夜道で迷われたこと があります。  雨が激しく振出し、懐中電灯の電池が段々と無くなり、やがて本当に闇 の中になられたそうです。  自分の手も見えない、周囲が完全に闇、山道は谷川に沿いながら付けら れている。聞こえるのは激しい水の音だけ、立って歩くことが出来ない状 態。這うようにして手探りで草の生えていない道を探して前に進むという 困難な状態に置かれたのだそうです。  それでもマッチをすると前方が十メートルは見える、見当を付けて歩く、 やがてマッチも無くなる。  進退窮まって思わず「南無大師遍照金剛」と念じられたのです。  その時に前方に、修行大師と俗に言われる姿のお坊さまが錫杖(しゃく じょう)を突いて、衣の袖を水で滴らせながら歩かれる姿が見えたのです。  網代笠(あじろがさ)に跳ねる雨粒まで見えたそうです。錫杖の音も聞 こえたそうです。  そのお坊さまに着いて歩き、無事に町の明かりで道路が判別出来るとこ ろまで辿り着かれました。 ▼法主さまは修行大師の像は子供の時から見慣れておられる条件。 ▼辛い時には「南無大師遍照金剛」と唱える習慣がある条件。 ▼数々の大師霊験伝説を知っておられるという条件。 ▼しかし深い信仰心を持っておられたのでは無いという条件。 ▼幻聴とか幻覚を日常的はおろか一度も経験しておられない条件。 ▼文系というよりは理系に強く、論理的に物事を考える傾向条件。 ▼不思議はどちらかと言えば否定的に考える性格であった条件。 ▼地理的には全く知らない始めての道で起きた条件。 ▼山道は谷川に沿って作られていることを知っている条件。 ▼道案内をされて下された方は、既にこの世に居られないことを 知っている知識がある条件。 ▼弘法大師が奥之院で定(じょう)に入っておられるという信仰 心を少しは持たれていた宗教上の知識条件。 ▼怪我もせずに深夜の深い闇の中で町まで帰れた不思議な条件。 ▼一瞬り出来事ではなくて、少なくとも三十分以上続いた条件。 ▼狐狸に騙されたとしても、騙した狐狸に利得が無い条件。 ▼助かった、救われたと実感出来る経験を与えられた条件。 ▼天候が回復してから同じ道を歩いて相当に危険であったことを 確認された条件。  このことがあってから、法主さまは自分の体験したことを深く考え込み、 何故このようなことが起きたのか真剣に分析されました。  そして、それ以後は宗教には理屈や分析で理解出来ないことがあると、 深くお大師さまを生活の中心とされるようになられました。 観音院は何故熱心に礼拝し、供養し祈願を続けられるのか、その優しさ は何処から湧きだすのか私にとってはある意味では謎でした。透明性につ いても、何故ここまでされるのか理由が分からずに協力しています。 ご霊験は観音院には確かにあります。神佛の不思議な感応(かんのう)・ 利益(りやく)は観音院には確かにあると私も確信しています。そのため には、熱心な修法や祈願や供養が必要になります。結果として日々修法し ます。 法主さまの原点は「いたわり、慈しみ、思いやり、相手の立場で考えて」 情を同じくすることにあります。 観音院は親切なお寺と評価されていますが、その親切の根源は、お大師さま の「十善戒」によるものです。 法主さまの行動は、お大師さまを深く信仰するところに基盤があります。 今回は信仰体験のお話ですから、難しくて、纏(まと)めきれませんでした。 法主さまはお大師さまに守護されて日々を過ごされておられるのでしょう。

如 是 我 聞 
           文責 能島慶華 (観自在97.6月号/その[2])
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  人の幸せを願う優しい心が一つになって
     それが大きな守護する力になった御佛(みほとけ)様
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 そうですね、今までに参詣されて、法要に会(あ)われて、御佛様に守護
を願った人は、何十万人にもなりましょうか。誰一人として怨(うら)みを
晴らそうとか、他人を呪(のろ)った人はいません。皆さまは親の供養のた
め、先祖の供養のため、子供の幸せのため、ご自分がより世の中に尽くせ
るように祈られた。その情念の塊(かたまり)が観音院の御佛様の実態で
す。大きな情念は大きな優しさをもって、広く世間の人々から信頼され、
皆さまに厚いご守護が及ぶようになりました。

■人の願い、それが多く集まり、一つの場所に集まり、世間に放出される
時は世間を動かします。
 観音院の御佛様は皆さまの善意が集中し、積み上げられて今日の姿とな
り、結果として大変に大きなご霊験のある御佛様として信頼されるように
なりました。
 仏壇屋で売られている佛像とは些か異なります。拝みに拝み込んである
ことが大変な違いです。
 さりとて、鰯の頭も信心からと言うようなことでもありません。立派な
御佛様は立派な佛師が精根込めて造る。そのような御佛様は店頭で並べて
売られるようなことは先ずありません。僧侶が御佛様の姿を頭に描いて、
様相を佛師に話して造ってもらうのが普通です。
 観音院の利剣不動明王は法主さんが夢に見られた姿が彫刻されています。
日光月光両菩薩は法主さん自身が彫刻されたものです。
 子安観世音菩薩は、三百年以上も安産育児の御佛様として「親が子供を
思う気持ちを叶えて下さる」と喧伝されて多くの人の信仰の対象でありま
した。
 萬倍稲荷さまは正しくは宇賀神(うかじん)と申し、本来は五穀豊穣と
大漁の霊験があらたかであり、商売をなさる方々に信心されています。
弘法大師さまが江ノ島で修法中に海より得られたと伝記にあります。
 佛像が古いからと言って尊いとは言えません。沢山の人々の信心を集め、
それを熱心に拝む僧侶の三つの条件を満たして始めて有り難いと言えるも
のです。
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−
     萬倍様に誓願を立てて住職に
         世のために尽くさせて下さい
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−
■法主さんは四十二歳の厄年に、住職になられた。先代住職から「世のた
め人のため尽くしたいので、福徳智慧を萬倍にして下さい」と宇賀神様に
祈るよう遺言を受けておられたそうです。
 「まんばい・まんばいと拝むと良い」と教えられたそうです。
 以来、宇賀神様は「萬倍様」と通称されるようになりました。
 法主さんは「幾ら努力しても普通の倍は働けない」と言っておられます
が、五十二歳で引退された現在でも、一日十六時間くらい、年中無休で、
お寺のことに精励されています。住職さんも同じです。
 お二人とも、とても健康です。ときには大丈夫だろうかと気を揉むこと
もありますが、大変な努力家であると尊敬しています。
 ところが「努力出来るのは御佛様のご守護によるもの」と言われて、全
ては御佛様次第のこととされています。
 それにしても法主さんの五十二歳の引退は早過ぎます。
 これについては「十年間で寿命が尽きても良い、世のため人のため、御
佛様に一生懸命に仕えさせて下さい」と御佛様に誓願を立てられたのだそ
うです。

 住職としての十年、引退後の十数年、全て、昨日のことのような気がさ
れるそうです。
 私たちが知っている法主さんは昔も今も精神的には変化がありません。
物凄く若い精神と、若い人に負けない行動力を維持しておられます。この
ような人生が送れたら良いなぁと思える見本として毎日を過ごされていま
す。
 三十歳代のお友達なら理解も出来ますが、十代、二十代のお友達と交際
範囲がとてつもなく広い、どうすれば、このような若さが保てるのかお聞
きしました。
 「子安観音様のような慈悲を持つこと、不動様のような忿(いか)りの
愛の心をもつこと、お大師様のように世間に尽くすこと、萬倍様のように
自然環境の平安を祈り経済の円滑な運営を考えること、日切地蔵様のよう
に約束を守ること」だと言われます。
 それにしても、お不動様の忿(いか)りの愛と言うのは理解が難しいです
ね。「自分を律し、世間を正し、子供を立派に育てようと願う強烈な動機
と思索と、その結果の行動」だそうです。

 「善悪を分別(ふんべつ)し、世間から悪事が無いように前向きに努力す
る勇気」だとも言っておられます。
 日切(ひぎり)地蔵様の信仰を「約束を守ること」だと解釈しておられる
ことは知りませんでした。
 日切地蔵様の「日切」の由来は手形の決済日のようなものだそうです。
手形は決済日にお金が足りないと、不渡りになります。信用が無くなり、
金融機関で当座取引きが出来なくなります。
 一方では大変に有用なもので、約束手形が使えないと経済は大混乱しま
す。お互いに約束を守る前提があって経済が円滑に動いているわけです。
 日切地蔵様に願掛けする方は断ち物をされる方が多いようです。

「痩せさせて下さい。私は砂糖を断ちます」と言うような具合ですが、茶
断ちとか、酒断ち・・・段々と有りますが、子供さんのアルコール中毒が
治るように願掛けして成功された方もあります。
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−
     法主さんの微笑ましい断ち物
         梨は無しに通ずるから厭だと
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−
■縁起を担(かつ)がれてのことです。梨を栽培しておられる方に、大変に
申し訳無く思っておられます。
 物事に熱中しない、没頭しないなど、法主さまは裏返せば熱中型であり
没頭型かもしれません。
 しかし熱中にしても没頭にしても、公序良俗は不可欠です。法主さんの
思考・行動・点検・修正・思考のサイクルには御佛様のご加護が不可欠に
なっています。
 非常に理路整然としていながらも、縁起を担がれる、ここには近い将来
の危険を回避される御佛様の守護を信じて行動される法主さんの行動原理
があります。靴の紐が切れたら外出を止められるのは理由のあることなん
です。
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−
   出掛けに足を止めるような会話や出来事は
       法主さんは御佛様の警告だと受け止められる
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−
 出掛ける際に、靴の紐が切れる、下駄の鼻緒が切れる、これは厳密には
切れるほど弱っていた、新しく代えれば済むことです。それが知性のある
人のすることです。
 実は、法主さんも、単純に紐が切れたり、出掛けに足を引っ張るような
会話があったりと、複合的にこの外出は望まない意思が働いていると意外
に大きな観点から決断をされているようです。
 法主さんはよく船で島に出掛けられますが、船に乗る人に「縁起担ぎ」
は多いようです。
 エンジンの掛かりが悪い、曇って来た、風が吹いて来た。だから、気が
向かない。のではないのです。
 エンジンの掛かりが悪いのは他にも故障しかけている部分が推定される、
曇りは天候が崩れる、風が吹くと波が高くなる可能性が高いと、瞬間的に
判断された結果が、「気が向かない」と言う理由になるのです。

■法主さんは別名「お天気和尚」とも言われています。
 風が強く、波が高く、雨が降っていても、法主さんは船を出されること
があります。出掛けられるころには風波も収まり、天候も良くなる。普通
の旅行でもそうですが、お天気にとても恵まれています。ですが、法主さ
んには「待ち」と「瞑想」と「祈り」があります。
 冷静に分析すれば天候の回復を待って無理をされないとも言えます。で
すが、ご一緒していると広い海ですから、法主さんの周囲1キロくらいが
雨が降っていないことが再三あります。これは説明しがたいことです。

 先日、霧の深い天候下で阿多田島から帰られました。
 この時は周囲は霧に包まれて何も見えない状態だったそうです。
このような時に「前にお不動様が立っていて下さる」と言って法主さんは
運転されていたそうです。
 これは「波切り不動様」の伝説と同じことです。港の中でも向こう岸が
見えない状態だったそうです。
 危ないことをされると思われる方もあるかも知れませんね。実は法主さ
んはGPS2台とレーダーとソナーを前後に2台付けておられて、これは
潜水艦並みの装備です。しかし、決して機械を過信されません。「祈り」
と「守護」が一対になって行動されています。
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−
   今年の厄除けソーメンは熱い
        食中毒を防ぐための対策
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−
■O157だけでなく、食中毒は怖いですね。拝んで食中毒にならないの
なら、絶対に食中毒を起こさないよう拝んでおきます。
 祈って衝突しないのなら船にGPSやソナーやレーダーは不必要です。
接待に従事する人は、衛生意識の高い人ですが、トイレはシャワレットを
使い、冷蔵庫は再三アルコール消毒し、布巾は二度使いしないようにして
います。その上に食中毒保険も掛けています。
 祈願とか、供養とか、ご守護というものには、そのような前提があるこ
とを理解して下さい。
 脱税して税務署に摘発されないように祈願するなんて外道の祈願になり
ます。
 刑法に触れることをして上手く逃げれる祈願も成立しません。
 帳簿を几帳面につけること、法律にふれないように公序良俗を守りたい
祈願は成立します。

■世のため人のために尽くしたいから守護して欲しい。
■維持し継続する努力を続けたいので守護して欲しい。
■家族や知人の幸せを願いたい。
■災難に遭遇したく無い。
そのような祈願は成立します。

■ご先祖様の冥福(めいふく)を祈る。
■知人の冥福を祈る。
■中絶した子供の冥福を祈る。
■可愛がっていた動物の冥福を願う。誤って轢き殺した犬や猫の冥福を祈る。
このような供養は成立します。

■供養や祈願はどのようにしてするか?・・・
■三宝に帰依することです。
一、御佛様に大切にお仕えする。
一、佛法を学ぶ。
一、佛法を広める手伝いをする。

 御佛様の守護と導きによって成佛、あるいは輪廻転生が出来る、だから
御佛様を大切にすることは当然ですね。ここでは御佛様を示しましたが、
信ずる宗教の教主を大切にすることです。

 次は宗教の教えを学ぶことですが、これは教えを説く人を選んで下さい。
どこかの教団のように閉鎖的、差別的、あるいは空中浮揚など、超人的な
修行を説く宗教は考えてみることが大切です。
 奉仕や布施はとても大切です。実際には、その寺院や教会の手伝いとか
物品の寄付とか、金銭の喜捨などがあります。
 一般的に良心的な宗教は家庭が壊れるほどの喜捨は求めません。経理は
公開されてしかるべきです。
 同時にどのように寺院教会が運営されているか観察すると良いと思います。

 自己完結型の宗教も心配です、共同で生活し、皆で清く正しく、平等に、
必要なものは生産し、皆で分配する。美しい理想ですが閉鎖的かつ差別的
になりがちです。
 不幸を予言する宗教も危険ですね。彗星が地球に衝突するとか、地球環
境の激変で大地が水に沈むと言うような不気味な予言をなして、信ずる者
のみが救われると言う底辺には信者獲得と資産の収奪が見え隠れします。
 観音院にも何度か皆でお金を出し合ってユートピアを作ろうと言う話が
持ち上がりました。
 計算すればたちまちに結果が出ることですが、百人の人が各自一億円を
出してもユートピアは出来ません。経済の変動で環境が維持できないので
す。
 集めたものは離散する。形あるものは変化して止まらないという真実を
押さえていて、優しさの限界と責任を知らない宗教者は法主さんの嫌悪さ
れるところです。
 信じれば救われます。何を信じるか、誰を通じて信じるか、誰を通じて
知り合ったか、責任者はどのような人か、そこらあたりを見極めて近づく
ことです。

 観音院は幸いにして日々成長しています。御佛様は皆さまの善意の大き
な塊(かたまり)です。
 経理も運営も公開しています。
 去る人を追わず、来る人を拒みません。どうぞ、これから先も皆さんの
尊い情念を寄せて下さり良い寺にして下さい。

子安観音様は「子供を思う親心を叶えて下さる」御佛様です。人間関係
の円満と良き人との出会いを守護される霊験があります。御佛様は皆さん
の親と同じです。何歳になつても我が子のように守護なされます。

御佛様を信ずることは、御佛様と何か約束することです。何かをお願い
することです。お願いや約束が実現された時に、御佛様のご守護が実感で
きます。御佛様の誓願に沿って生きて行くことが幸せな生き方です。

公序良俗に反する祈願や供養は成立しません。目標に向かって、途中で
魔が差さないように、努力を継続して行くために御佛様の守護があります。
何時も希望と夢をもって、御佛様に守られて若くあって下さい。

世のため人のために働きたいと願うのは菩提心を起こすことです。それ
を実践することは菩薩道を歩むことになります。菩薩の道を歩めば、心配
事が少なく、充実した人生が送れるのは当然の成り行きと言えます。

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